【第24章】欽ちゃんとの時間

子供の頃、テレビをつけたら大概、欽ちゃんが映っていた。それが、今、僕は、あの欽ちゃんと同じ空間にいて、恐れ多くもプレゼンをしてるのだ。数年前まで、ホームレスだった、この僕がである。

実は、欽ちゃんにプレゼンする前から、欽ちゃんは、スマホどころか携帯を持っていない事を確認していた。つまり、ゲーム市場だの携帯市場だの説明しても、一切通用しない。

そこで、紙芝居式にしてマグロの絵を描き、大海原からマグロが餌を求めて生息地を変えている図で市場の変動を説明した。

今井「欽ちゃんを常に見ていた僕ら世代のマグロは、いまこの辺に移動してるかなぁ〜」

と言う感じだ。今考えたら、恐れ多くもあの欽ちゃんにこんな口調で話してる自分にぞっとする。(笑)

欽ちゃんは、「なるほど、なるほど」とあいづちを入れる。しかし、笑顔なく、自ら喋らず、完全に僕の話を聞く姿勢である。

うわぁ・・。もう、これ、バンザイ無しよのパターンでしょ。と思いつつも僕はさらに話した。

今井「僕は、欽ちゃん面白いと思ったことないんですよ

当然 一瞬、時が止まった。

僕自身も、何を言ってんだ!おまえは!と思いつつも、呼吸を整え、話しを続けた。

「欽ちゃんを見ていたのは僕が小学生の時。僕には、欽ちゃんの笑いがわからなかった。ただ、うちの両親が、欽ちゃんを見ていつも笑ってた。だから、僕は、その両親の笑顔で笑った。そんな、お茶の間という時代は無くなったけど、もう一度、家族で欽ちゃんを見れる、そんな番組を作りたい。」

これは、とっさに出た言葉だった。

欽ちゃんは、目を閉じて「えーーーっと、いつからやりますか?」

今井「えええ?」これはOKということなのか??

欽ちゃん「カメラとか、機材とかは?」

今井「今、こんな小さなカメラでも放送できるんです。」

欽ちゃん「ほう!おもしろい!」

そんなこんなで、欽ちゃんと、まえのめりで、話がはずみ「欽ちゃんのドーンとゴールド」という番組が誕生することになる。

そして、この番組を作る上で、たくさんの協力者が現れる。のちに話しをするが、放送作家の鶴間さんや、川岸一超さん(川岸専務の息子さん)など、本当に感謝しても仕切れない最強の方々だ。

番組ができるまで、欽ちゃんと打ち合わせを重ねる。
欽ちゃんは、会えば会うほど、本当に天才ってこういう人の事を言うんだなと思うのだが、一つだけ、なかなか、ついていけない試練があった。

以前とある番組で勝俣さんが、欽ちゃんは、朝までずっと喋ってると言ってたのを思い出した。

なるほど!あれは本当なのか・・。

すごい、ありがたいお話なので、確かにずっと聞いてはいたいのだが、トイレが近い僕としては、かなりの苦行に近く、回を重ねると、とうとう膀胱炎になってしまったのだ。

かといって、欽ちゃんの話を切ってトイレに行くわけにはいかない。僕は、最終兵器である大人用の紙おむつを買い、打ち合わせに挑む日々を繰り返した。

この番組は、昭和の欽ドン!が復活!など、多方面の新聞やメディアに取り上げられ話題となり2年半ほど継続した。正直、僕の力不足で、爆発的なヒットとまでは行かなかったが、芸能界の大御所が、未知なるメディア媒体に進出し、新しい歴史の幕開けを刻んだ事は、間違いない事であった。

なにより、この間に、欽ちゃんから直接沢山の事を学んだのは、最高の財産だ。欽ちゃんなりの自然の摂理の法則や成功法など、こんな特別授業を受けられたのは神様のご褒美だとしか思えない。

これにより、僕の成功の法則やパーソナルブランディングはさらに知識を増し、ノートに数えきれないほどの情報を蓄積させた。

そして、この番組を皮切りに、僕はさらに多方面の芸能に関わる仕事を受け持つようになる。


第25章へ続く・・・・・。


この欽ちゃんの番組に携わっていただいた、佐藤企画の佐藤代表、波間さん、日本テレビのプロデューサー土屋敏男さん、そしてスタッフ一同に、この場を借りて心から感謝を申し上げます。

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今井まこと&欽ちゃん

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